駒澤大学 大学案内2017
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呪い殺すなんて非現実的!非科学的!気味は悪いけど殺人には問えないよ。では、その理由は?殺害する可能性がない。不能な試みだから。では、次の場合はどうだろう。Cは、仲間のDからEを銃撃したとの連絡を受け、急いで現場に駆けつけ、とどめを刺すべく倒れているEの胸部を日本刀で突き刺した。あとでわかったことだが、EはDの銃撃により即死していた。そうすると、Cの行為は、客観的には、「死体を殺そうとする試み」であったのである。「死体を殺す」なんてナンセンス!丑の刻参りと同じく、不可能な試みである。では、A女とCの行為の評価は同じなのだろうか。実は、実際に裁判例でCの行為のようなケースがあり、その事件では殺人未遂として判決が下された(広島高判昭和36年7月10日高刑集14巻5号310頁)。ほかにも興味深い裁判例がいろいろあります。社会生活の中でのさまざまな問題(トラブルの解決)を勉強し、「うーん、どうかな。」などと一緒に考えてみませんか。A女はかつての恋人Bを恨み続け、ついに呪い殺そうと考えるに至り、丑三つ刻(午前2時頃)、しめ縄を張ったご神木にBを模したわら人形を五寸釘で打ち付けた。その1か月後、不思議なことに、Bは突然体調を崩し死亡してしまった。A女の行為はどのように評価されるべきだろうか?Q:A:歴史を振り返ってみると、古代ギリシアでは直接民主主義がありましたが、無知な民衆が非合理的な政治をする「衆愚制」となることが危惧されていました。その後も長い期間にわたって君主や貴族による支配の方が主流でした。フランス革命やアメリカ独立が起きた近代以降、ようやく民主主義は光をあびますが、自分達の選んだ代表に間接的に政治をしてもらう間接民主主義に変わっていきました。その後も民主主義は、独裁やエリートによる支配が望ましい、と考える人々から挑戦を受け続けてきました。民主主義が世界に広まってからの歴史はまだ短いのです。グローバル化が進み経済危機やテロへの素早い対応が求められる現在、全員で何かを決めるために時間がかかる民主主義が優れているのか、疑問の声もあがっています。世界中で投票率の低下や政治への不信が高まり、デモを通じて「民意」を示す人々も増えています。まだ民主主義の試練は続いているのです。何かを決める時に民主主義は最も優れた方法なの?Q:A:法学部070KOMAZAWA VOICE 2017

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