駒澤大学 大学案内2018
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仏教学部文学部経済学部法学部経営学部医療健康科学部グローバル・メディア・スタディーズ学部▶ 演習(ゼミ)・専任教員紹介教 授 : 晴山 俊英専 門 : 宗学曹洞宗の戒と律曹洞宗においては、仏の慣習および仏教者の心構えを示す「戒」と、清規によって寺院の生活規則が示される「律」との機能が、明確に分離した形となっている。この点を踏まえ、道元禅師ないし諸祖師方の著述、あるいは関係する戒律文献を読み進め、その独自性を探っていきたい。教 授 : 松田 陽志専 門 : 曹洞宗学江戸時代の曹洞宗江戸時代の曹洞宗の人々の間で交わされる議論を取り上げます。曹洞宗の独自性とは何なのか。師から仏法を相続するとは、どういうことか。『正法眼蔵』は何を説き示しているか。文献に取り上げられる論点をできるだけ具体的に理解し、現代の私たちが考える手がかりとしたいと思います。 教 授 : 村松 哲文専 門 : 禅美術仏教美術史研究本演習は、禅美術・仏教美術の研究を志す学生を対象としています。美術史の研究に必要なことは、文献の読解力と美術品の鑑賞力です。授業では『歴代名画記』や『魏書』釈老志等を輪読しながら漢文の読解力を養成します。また実物を観る眼を磨くため、随時博物館・美術館にいく予定です。教 授 : 熊本 英人専 門 : 曹洞宗学近代における禅明治時代以降、禅はどのようにとらえられてきたか。また、禅宗は何を伝えようとしたか。たとえば、道元の『正法眼蔵』を、曹洞宗はどう扱い、一般人はどう読んだか。曹洞宗僧侶や仏教研究者が道元禅を読み解いた作品・研究を分析していく。教 授 : 佐藤 秀孝専 門 : 禅学・日本禅宗史中世禅僧の伝記史料を探る鎌倉時代に入宋求法した道元は、正伝の仏法を自覚して日本に曹洞宗を伝えた。ほかにも栄西・円爾や蘭溪道隆など臨済宗の祖師も多い。伝記史料を講読し、彼ら中世禅僧が歩んだ修行生活とその理想としたものを探求したい。江戸時代の僧伝や禅宗灯史が成立する以前の、素朴な息吹を伝える中世撰述史料を対象とする。教 授 : 角田 泰隆専 門 : 禅学・宗学『正法眼蔵』演習道元禅師の代表的な著作である『正法眼蔵』を読む。まずは文字によって字義を明らかにし、その上で宗意を参究する。多々出版されている『正法眼蔵』の現代語訳に頼らずに、受講生各自が文字言句の字義を調べ、それに基づいて自ら考えて本文を解釈してほしい。教 授 : 石井 清純専 門 : 禅学禅(ZEN)とネットワーク欧米各国に存在する多数の禅センター。日本から発信された禅(ZEN)は、海を越えて新たな文化としての広がりを見せています。インターネットを通じてそれらと情報交換することにより、世界に羽ばたく禅者を目指してみませんか。教 授 : 岩永 正晴専 門 : 宗学江戸期『正法眼蔵』注釈書の演習江戸時代に多数作られた、『正法眼蔵』(道元禅師撰)の注釈書の演習を行っています。各注釈書の特長や注釈方法の研究を通して、学生諸君みずからの研究の方向を探っていただきたい、と考えています。教 授 : 程 正専 門 : 中国禅宗史『二入四行論』を読む中国禅宗の初祖と仰がれる菩提達摩の禅思想を伝える『二入四行論』を読みます。この初期禅宗語録(漢文)を読むことによって、草創期の中国禅宗の禅思想の核心を明らかにしていきたいと考えています。講 師 : 大澤 邦由専 門 : 中国禅・宋明代『楞厳経』を読む『楞厳経』の大部分は中国撰述と推測されていますが、特に宋代以降の中国仏教において多大な影響を与えました。本演習では注釈書や関連する文献を読み、本経の内容や受容を考えるとともに、研究の基礎となる中国語学や、文献の読み方、工具書の使用方法などを身につけて頂きたいと思います。道元禅師の頃の修行道場って、どんなだったの?Qそれが、今とあまり変わらなかったのかも知れません。道元禅師は『正法眼蔵』「洗浄」の巻でトイレでの注意事項を書かれていますが、次のような注意をされています。「トイレを汚してはいけません。」「おしゃべりしてはいけません。」「大きな声で歌をうたってはいけません。」「壁に落書きしてはいけません。」などなど。……ということは、そういうことをする人がいたのでしょうね。食事の作法を書かれた『赴粥飯法』の中でも、「手を洗ってきれいにしなさい。」「くしゃみをするときは、手で鼻を覆いなさい。」「楊枝で歯のお掃除をするときは、手で口を覆いなさい。」「食べ物を口に入れて喋ってはいけません。」などと戒められています。そのほかにも、「長髪はいけません。」「きれいに爪を切りましょう。」とも指導されています。 ということは、きっとそのようなことをする人がいたから、注意されたのでしょう。 今も修行道場では、このようなことがないよう厳しく指導されています。 道元禅師は、日常生活のあらゆる行為が修行であるとされました。そして仏の教えに従ってきちんと生きることが大切であると示されました。それが「仏になる」ということであり、「仏として生きる」ということなのです。A(禅学科:角田 泰隆 教授)020KOMAZAWA VOICE 2018

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