青山学院大学 大学案内2019
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「女子小学校」創立者ドーラ・E・スクーンメーカー女史本学の母体である青山学院は、明治初頭、アメリカのメソジスト監督教会から派遣された3名の宣教師によって創設された3つの学校を源流としています。1927年、女子系と男子系の学校を統合し、現在の青山学院の土台が築かれました。そして、戦後1949年、学制改革により新制大学として「青山学院大学」が開校しました。3人の宣教師によって開かれたキリスト教信仰にもとづく教育は、伝統を守りながらも時代の求めに応じて変革を続けています。「耕教学舎」創立者ジュリアス・ソーパー博士「美會神学校」創立者ロバート・S・マクレイ博士青山学院大学 沿革明治初期に創設された3校を源流として。戦後の学制改革により、新制 大学院を創設。文学研究科を設置。1952年(昭和27年)文学部、商学部に第二部を設置。1950年(昭和25年)新制大学として「青山学院大学」開校。文学部、商学部、工学部(翌1950年関東学院大学に統合)を設置。1949年(昭和24年)青山学院専門学校横須賀分校を開学。1949年青山学院大学開校に伴い工学部となる。1947年(昭和22年)青山学院工業専門学校を「青山学院専門学校」と改称。1946年(昭和21年)専門部(文学部、高等商業学部)を閉鎖(明治学院に統合)。同年「青山学院工業専門学校」を開校。1944年(昭和19年)「青山女学院」を「青山学院」に統合。神学部、高等学部、中学部、高等女学部(専攻科・本科)を設置。1927年(昭和2年)「東京英和女学校」を「青山女学院」と改称。普通学部(高等科・予備科・普通科)、手芸部、幼稚園(1899年閉園)を設置。1895年(明治28年)「東京英和学校」を「青山学院」と改称。神学部、普通部(高等普通学部・英語師範科・予備学部)を設置。1894年(明治27年)「海岸女学校」の上級生を青山(東京英和学校 構内)に移し「東京英和女学校」として開校。(のちに「海岸女学校」は「東京英和女学校」に統合)1888年(明治21年)ジョン・F・ガウチャーの寄付により東京青山(現 青山キャンパス)に「東京英学校」を移転、「東京英和学校」と改称。1883年(明治16年)「美會神学校」創立。ロバート・S・マクレイ博士により横浜山手町に開校。1882年「東京英学校」に統合。1879年(明治12年)「耕教学舎」創立。ジュリアス・ソーパー博士により東京築地に開校。1881年「東京英学校」と改称。1878年(明治11年)「女子小学校」創立。ドーラ・E・スクーンメーカー女史により東京麻布に開校。のちに「救世学校」(東京三田)さらに「海岸女学校」(東京築地)と移転・改称。1874年(明治7年)美會神学校校舎(1879年)東京英和学校神学科校舎(1886年)学生による青山学院福音伝道隊(1901年)ガウチャー・ホール(1887年)再建された海岸女学校校舎(1881年)青山キャンパス全景(1921年頃)8

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