獨協大学 大学案内2017
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西 周 (1829-1897)獨逸学協会学校初代校長日本近代哲学の父と呼ばれる。獨協の名前は「獨逸学協会学校」から獨協の歴史創立当時の獨逸学協会学校創設関係者には品川弥二郎(後の内務大臣)、桂太郎(第二代校長、後の内閣総理大臣)ら日本の近代化に尽力した人々が名を連ねる。◀ドイツ人教師3人とともに明治24年ごろの獨逸学協会学校の全生徒▲1902年11月29日獨逸学協会学校の新校舎落成式にドイツの医学者ハインリヒ・フェン氏により寄贈された金銘入りのこの大理石の額は、同校講堂の壁にかかげられた。獨逸学協会学校学術の深遠なる研究を期し、日獨間の関係を獨逸語を以て益々固からしめんが為、獨逸学の養成所たる貴校に之を贈程す、冀くは新交益々厚く、信任彌よ固く回臆彌よ誠ならんことを伯林 1902年Dr.ハインリヒ・フェン獨逸学協会学校の誕生 2013年、獨協学園は創立130周年を迎えました。 1883年(明治16年)、獨協大学の前身「獨逸学協会学校」は、法律、政治経済、医薬、科学をはじめとするドイツの学問や文化を学びとり、日本の近代化、国際化に貢献する人材の育成を目的に創設されました。文明開化の象徴「鹿鳴館」が開館するなど、日本が本格的に国際化への道を歩み始めた年でした。 獨逸学協会学校は、日本近代哲学の父として知られる西周(にしあまね)初代校長のもと、5年制の中学に法律・政治の専修科を加えた専門学校として設立され、その修了生の多くは高級司法官僚への道を進み、明治末から大正期に活躍する人材が巣立っていきました。後に専修科は廃止されましたが、ドイツ教育を行う唯一の中学校として知られ、医学界を中心に幾多の俊英を世に送り出しました。 そして、1947年(昭和22年)、教育制度の変更に伴い、「獨逸学協会学校」は「獨協学園」として生まれ変わりました。● 大学院外国語学研究科修士課程 (ドイツ語学専攻・英語学専攻)設置● ブルゴーニュ大学(仏)と学術交流協定締結● デュースブルク大学(独)と学術交流協定締結● 国際交流センター設置● 獨協大学創立20周年● エセックス大学(英)と学術交流協定締結● 獨協学園創立100周年● 外国語教育研究所設置● 情報センター設置● 大学院法学研究科修士課程を設置● 外国語学部にフランス語学科を増設● 法学部法律学科を設置● 経済学部に経営学科を増設● 外国語学部(ドイツ語学科・英語学科)および 経済学部(経済学科)を設置● 天野貞祐、初代学長に就任● 埼玉県草加市に獨協大学開学● 新制獨協中学・高等学校を発足明治14年昭和23年昭和41年昭和52年昭和56年昭和58年昭和59年昭和60年昭和61年平成元年平成2年平成4年1881● 専修科(法律・政治)設置● 初代校長に西周就任● 獨逸学協会学校開校● 西周、桂太郎、加藤弘之ら獨逸学協会を設立明治16年明治18年1883● 英語科設置大正13年192418851948昭和39年19641966昭和42年1967197719811983198419851986198919901992平成6年1994平成8年1996平成9年1997平成10年1998平成11年1999明治大正昭和● ウィスコンシン大学(米)と学術交流協定締結● 安陽大学(中)と学術交流協定締結● カーディフ大学(英)、復旦大学(中)と学術交流協定締結● 法学部に国際関係法学科を増設● 外国語学部に言語文化学科を増設● 35周年記念館竣工● イリノイ大学(米)と学術交流協定締結● ヨーク大学(加)と学術交流協定締結● 西部カトリック大学(仏)と学術交流協定締結● ウーロンゴン大学(豪)と学術交流協定締結● 大学院外国語学研究科博士後期課程 (フランス語学専攻)増設● アラバマ大学(米)と学術交流協定締結● 大学院経済学研究科博士後期課程増設● 大学院経済学研究科修士課程設置● 大学院外国語学研究科博士前期課程 (フランス語学専攻)増設● 大学院外国語学研究科博士後期課程 (ドイツ語学専攻・英語学専攻)増設● 大学院法学研究科博士後期課程増設20012002平成13年平成14年にし あまね18ドイツかいおく いよいいよいねがわかた

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