東京理科大学 大学案内2018
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本学は、明治14(1881)年に東京大学を卒業後間もない 21名の若い理学士らにより「東京物理学講習所」として創立され、2年後に「東京物理学校」と改称されました。入学は無試験でも、卒業できる学生はその1割にも満たない厳しい教育を行い、真に実力を身に付けた学生のみを卒業させるという「実力主義」を貫き通しました。その後、昭和24(1949)年に新制大学の発足とともに「東京理科大学」に改組。科学技術の発展とともに幅広い分野の学部が設置され、今日ではわが国私学随一の理工系総合大学に発展しました。1881年 東京大学出身の若き理学士ら21名が「東京物理学講習所」を創立。「理学の普及が国運発展の基」という理想を掲げ、無給で生徒を指導。1883年 「東京物理学校」と改称し、創立者の一人 寺尾寿が初代校長に就任。「維持同盟」により一人30円の寄付で学校を守る。1888年 物理学用語の統一。英語、仏語、独語 三系統の訳語をまとめる。1889年 理数科教員養成の評価を高め、理学を志す若者が全国から小川町校舎に集う。同窓会誌を創刊。後に理学研究の発展に貢献。1906年 神楽坂に新校舎が完成。理学研究の「先駆的存在」として受講生が全国より集結。「落第で有名な学校」として世に知られるようになる。1916年 卒業生 小倉金之助氏学位を取得。私学初の理学博士誕生。最先端の設備を持つ化学と物理、二つの実験室が完成。1930年 創立50周年記念式典を挙行。理学教育機関として揺るぎない地位を確立。1941年 太平洋戦争勃発後にも全国から志願者が殺到。幾多の苦難・戦災に直面するが、万難を排して授業を続行。1949年 学制改革により「東京理科大学」の名の下に新時代が開幕。理学部のみの単科大学として新たなスタートを切る。1960年 薬学部を新設。さらに1962年に工学部、1967年には理工学部を新設し、理工系の総合大学へと大きな飛躍を果たす。1981年 創立100周年を機に続々と時代を先駆ける試みが行われる。神楽坂に新1号館を建設。『東京理科大学百年史』を編纂。創立100周年記念式典を挙行。1987年 基礎工学部を新設。1年次を北海道の長万部で過ごすユニークな試みが始まる。同年、東京理科大学山口短期大学[1995年より山口東京理科大学と改編]を、1990年には東京理科大学諏訪短期大学[2002年より諏訪東京理科大学と改編]を開学。1993年 経営学部を新設。1996年 私大初の「連携大学院」を発足。国と民間、合わせて18の研究所と連携。客員教授の招聘、学生の研究所派遣などを通して技術交流を図る。2004年 専門職大学院を設置。総合科学技術と経営の実践的な融合を目標とする技術経営教育を行う。2006年 創立125周年記念式典を挙行。2013年 葛飾キャンパス開設。2016年 山口東京理科大学が公立法人化し、公立大学法人山陽小野田市立山口東京理科大学となる。2031年 創立150周年を迎える。本学創立当時の日本は理学への関心が薄く、実験器械の購入などが難しい理系私学の設立は敬遠されていました。そんな中、創立者らは「理学の普及を以て国運発展の基礎とする」を建学の精神に掲げ、東京大学から実験器械を夜間借りて夜学でスタートしました。その結果、東京物理学校で教育を受けた多くの卒業生が、明治・大正期の中等学校や師範学校の教壇に立ち、理学の普及に大きな役割を果たしました。理学の普及を以て国運発展の基礎とする東京物理学校時代の化学実験室明治39(1906)年に建てられた東京物理学校建学の精神本学の教育研究理念は、「自然・人間・社会とこれらの調和的発展のための科学と技術の創造」です。理工系総合大学として、自然および生命現象の本質と原理を解明し人類の叡智の進展を目指す「理学の知」と、さまざまな物・技術・システムを構築して人類の活動の充実と高度化に貢献する「工学の知」を協働させ、「自然と人間の調和的かつ永続的な繁栄への貢献」を目指す教育と研究を行っています。自然・人間・社会とこれらの調和的発展のための科学と技術の創造教育研究理念徽章ロゴマーク徽章は、アインシュタインによって確立された一般相対性理論を図案化したものです。太陽の重力によって曲げられる光の軌道を模式的に描いています。ロゴマークは、創立125周年の際に制定されたもので徽章を ベースにデザインされています。徽章とロゴマーク[真の力を養う実力主義][沿 革]4

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