大阪大学 大学案内2018
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特集教育システム教育環境インフォメーションPersonよくある質問?! アフリカ大陸ではたくさんの言語が話されており、その数は約2,000とも言われています。そのなかには、スワヒリ語のように国を超えて何千万人もの人びとによって話されている大言語もありますが、ひとつの民族だけが使っているような小さな言語も少なくありません。私の研究対象の「マテンゴ語」もそのような言語のひとつです。マテンゴ語は、東アフリカのタンザニアの村に住むマテンゴという民族の人たちの言語です。 人間の言語は、話者数に関係なく、どの言語も同じくらい複雑な構造を持っています。その構造や規則が「文法」ですが、アフリカに限らず世界には、その構造や規則がほとんど知られていない言語がたくさんあります。これらの言語の研究をするためには、その言語の話者から聞き取りを行う必要がありますが、日本にはマテンゴ語話者はいません。したがってマテンゴ語の文法分析のためには、マテンゴ語が話されている村に行くことになります。タンザニアの西南部にあるリテンボという村に住み込み、マテンゴ語話者に協力してもらって言語データを集め、マテンゴ語の文法を分析して記述する、というのが私の研究です。このような研究は、フィールドワークを伴うことから「フィールド言語学」と呼ばれたりします。 調査は基本的な語彙を集めるところから始めます。300~500語ぐらい集めると、その言語の音に関する簡単な規則が見えてきます。日本語で例えると、「ん」の音は単語の最初には現れないとか、「さ」と「し」では子音sの部分の音が異なるとか、そういった基本的な規則です(もっと込み入った規則の解明のための研究はいまも続いています)。語彙を3,000語ほど集めたところで文法の調査を始めます。いろんな方法で話者からマテンゴ語を聞き取り、分析していきます。これはかなり時間を要しますが、こうやってマテンゴ語の文法を記述したものが私の博士論文になりました。 まったく知らない言語は単なる「音の羅列」にしか聞こえませんが、だんだんわかってくると、「ことば」として聞こえてくるようになります。 ①のような音の羅列として聞こえているときには、単語の境界もわかりません。でもマテンゴ語がわかってくると、①は②ように単語に分けられること、さらに③に示すようにdʒwagólúláと聞こえるのは、動詞-golol-「洗う」に、主語が「母」であることを表すju-、過去を表すa-、後ろにある目的語のkítεlεku「鍋」が強調されていることを表す-adʒéといった要素が合わさっているのだということや、実際にそれが発音される際にはいろんな規則が適用されて、母音の音や長さが変わったり、単語の最後の音が落ちていたりすることがわかってきます。つまり、①のように聞こえるマテンゴ語は、③のように構成されていると分析できます。パズルを解くのに少し似ているかもしれません。「音の羅列」にしか聞こえなかったものが「ことば」に変わる。 先ほど「目的語が強調されていることを表す要素」と書きましたが、マテンゴ語では「私は鍋を洗った」と言うときに2通りの言い方があります。 ④ nagólúlá kítεlεku. ⑤ nagóliíti kítεlεku. 「あなたは何を洗ったの?」という質問に対する答えであれば④、「あなたは何をしたの?」という質問に対する答えであれば⑤になります。つまり、④のほうは動詞の後ろにある目的語の「鍋」だけに焦点があたっているのに対し、⑤のほうは「鍋を洗った」に焦点があたっているということです。どこに焦点があたっているかなどを「情報構造」と言います。マテンゴ語では情報構造によって動詞の形や語順が変わりますが、情報構造の表し方は言語によってさまざまです。現在は、調査の対象をマテンゴ語以外の言語に広げて、情報構造がどのように表されるのかを比較研究しています。リテンボに通うようになって約20年(いまではすっかり私の「故郷」です)、そのあいだにマテンゴ語の語彙集を出版し、文法スケッチやマテンゴ語に見られるいろいろな文法現象に関する論文を発表してきましたが、調べたい文法現象はまだまだ出てきます。 タンザニアではスワヒリ語が広く浸透しています。近年では、マテンゴ語よりもスワヒリ語のほうが流暢なマテンゴ人が増えています。その結果、将来マテンゴ語は話者がいなくなるのではないかと言われています。そうなる前にこれらの民族語の記録を残すことも、フィールド言語学に求められている役割のひとつです。マテンゴ語の研究者は国内外に私しかいません。マテンゴ語をしっかり記録することは私に与えられた使命だと思っています。消えゆくマテンゴ語を、世界で唯一の研究者として記録する。米田先生はどんな高校生でしたか?ブリティッシュ・ロックと学校帰りの寄り道と友だちとのおしゃべりが大好きな、恋多き高校生でした。QA調査地であるタンザニア西南部のリテンボ村líísúamáabɔdʒwagólúlákítεlεkulíísú amáabɔ dʒwagólúlá kítεlεkulisú amábu dʒu-a-golol-adʒé kítεlεku.↓「昨日、母は鍋を洗った。」昨日母she‐過去‐洗う‐焦点鍋① 音の羅列:② 単語境界:③ 分  析:(マテンゴ語には表記法がないので、聞き取った音は発音記号で書いています。「´」は高く発音されるところ)村の生活調査風景米田教授の博士論文とマテンゴ語の語彙集3

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