金沢美術工芸大学 大学案内2017
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活動指針 Mission Policies大学憲章 Mission Statement 金沢美術工芸大学は、1946年、戦後の混乱と虚脱のなか、学問を好み、伝統を愛し、美の創造を通じて人類の平和に貢献することを希求する金沢市民の熱意により、工芸美術の継承発展と、地域の文化と産業の振興を目指して創立された。 以来、本学は豊かな自然環境と歴史的遺産のなかで、美術・工芸・デザインの分野における個性豊かな教育と学術研究に取り組み、文化都市金沢の発展の一翼を担ってきた。 素材を知り、技を磨き、現代に生きる表現に高めるべく「ものづくりの精神」を尊び、幅広い人間性に裏付けられた理論と技術の彫琢をとおして、芸術が社会に果たす役割を自ら探し行動する人材を育成し、世界における創造の機会の拡大と多様化に資するために、本学は知と創造の拠点となることを目指す。〈創作の意欲と能力を育てる教育の推進〉Creative Potential地域の文化資源を活用し、「手で考え、心でつくる」をモットーに創造力を高め、人間味あふれる個性と倫理を涵養し、未来社会を拓くクリエーターの育成を目指す。〈質の高い研究とオリジナリティの追求〉Professional Individuality深く芸術の神髄を探究し、諸分野における卓越した知識と技術の継承によって、固有の芸術領域を開拓し、創造的かつ先端的な文化の発信母体となる。〈地域と世界に貢献する芸術活動の展開〉Public Contribution市民から愛され、尊敬される芸術文化教育の中核を担い、地域社会の活性化と人々の幸福を願い、地球社会の平和と共存に貢献する。〈自立した大学の運営と公共性を重んじる組織の発展〉Independent Institution社会の変化に迅速かつ的確に対応できる教育体制と事務組織を構築し、自己決定、自己責任に基づく自主自立の大学運営を目指す。藩政期に人口12万を擁した金沢の地には、城下町という名にふさわしく、城郭を中心とした都市構成、軒を連ねる町屋建築、優美な茶屋街、歴代藩主及び名家ゆかりの社寺、希少な伝統工芸の数々が、今も当たり前の光景として生活の中にあります。時代は明治・大正へ。ここ金沢からも多くの学者や実業家が誕生し、新しい時代の礎となりました。だからこそ、金沢の街は伝統を自然のうちに身に付け、同時に、伝統の中から最先端のアートを創出するエネルギーも持ち合わせているのです。金沢美術工芸大学はそうした金沢の地にあります。歴史上、この地の九谷焼や漆器が世界に名をとどろかせたように、金沢美術工芸大学とその卒業生は国内及び世界の各地で繰り広げられる様々なアートシーンのただ中にいます。金沢美術工芸大学は今年で70年目を迎えますが、絶えず新しいアートの境地を探索し続けています。金沢の街はその縮図ともいえるでしょう。この街では、多くの美大生が街と一体となり、ユニークな活動を展開しています。今まさに、私たち美大生がこの街の新しい歴史を創り出しているのです。大学憲章と活動指針大学の環境

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