立教大学 大学案内2019
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1874明治7年ウィリアムズ主教、築地に聖書と英学を教える私塾を数名の生徒で始める。間もなく立教学校と称する。1919大正8年レンガ校舎群(本館・チャペル・図書館・寄宿舎2棟・食堂)落成。立教大学の前身は、1874年、アメリカ聖公会から派遣された宣教師チャニング・ムーア・ウィリアムズが設立した「立教学校St.Paul’s School」です。職業教育など実学中心のエリート教育が重視されていた時代において、英語で聖書を学ぶことを中心に、普遍的な価値観としてのキリスト教と英学に代表される実際的な知識の両方を身につける立教学校は、日本における近代教育のさきがけとなりました。西欧の伝統的リベラルアーツカレッジをモデルにした立教の教育の中心は「キリスト教に基づく教育」です。これは、全学部共通の教養科目や各学部の科目はもとより、礼拝、キャンプ、講演会、セミナーなど、全学生に提供されるさまざまなプログラムを通して実践されています。立教大学の使命は、単に競争社会で自らの能力を誇るような人間ではなく、人間の一生において欠くことのできない大切なものとは何かを探求し、すべての生命が尊ばれる社会の実現のために奉仕する人材を育てること。それは「道を伝えて己を伝えず」と評された創立者ウィリアムズの謙虚でひたむきな生涯を模範とした教育理念、キリスト教に基づいた人間観の具現化といえます。大学令による大学として認可される。文学部(英文学科、哲学科、宗教学科、史学科)、商学部および予科を置いた。新制大学として認可される。文学部(基督教学科、英米文学科、社会科、史学科、心理教育学科)、経済学部(経済学科、経営学科)、理学部(数学科、物理学科、化学科)を置いた。文学部に日本文学科を設置。社会学部(社会学科)を設置(文学部社会学科廃止)。法学部(法学科)を設置。大正11年昭和24年昭和31年昭和33年昭和34年19221949195619581959外国人居留地37番に完成したゴシック風煉瓦校舎に移転。立教大学校と称した。専門学校令により、「立教大学」と称する。文科、商科および予科を置いた。池袋に移転。明治16年明治40年大正7年188319071918The History andPhilosophy沿革・教育理念創立者ウィリアムズ主教(チャニング・ムーア・ウィリアムズ)1829年7月18日、アメリカ合衆国ヴァージニア州リッチモンド市で生まれる。ヴァージニア聖公会神学校を卒業後中国派遣宣教師に任命され、1856年6月に上海に到着。1859年日本に派遣され、同年6月に長崎に到着。幕府のキリスト教弾圧の中、伝道に務める。1866年に一時帰国した後、中国および日本伝道主教となり中国と日本の新拠点として武昌と大阪を開拓。1874年2月に築地に立教大学の前身となる私塾を開く。1889年、後進に道をゆずるべく主教職を辞任。1895年京都に移り関西地方の伝道に生涯最後の力を注ぐ。1910年12月2日、故郷リッチモンド市で生涯を終える。享年81(歳)。26

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