武蔵大学 大学案内2017
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10山梨市内の万力公園には銅像も昭 和1926東北電力を設立し取締役。貴族院議員。1929旧制武蔵高等学校で第1回卒業式。1931山梨県山梨郡下各小学校へピアノ、理化学器械、標本などを寄付。1933山梨県下各小学校へ人体模型、顕微鏡、ミシンを寄付。1940根津嘉一郎(初代)死去。財団法人根津美術館設立。1948新制武蔵高等学校を設置・開設。新制武蔵大学経済学部設置申請。 日本における私立七年制高等学校の先駆けとなった旧制武蔵高等学校。初代校長、一木喜徳郎の訓示をもとに、建学の精神ともいうべき「三理想」、すなわち「東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物」「世界に雄飛するにたえる人物」「自ら調べ自ら考える力ある人物」が掲げられた。以来、その精神は、現在に至るまで脈々と受け継がれている。その象徴的なものが、「ゼミナール=ゼミ」だ。「ゼミの武蔵」として、高い評価を受けてきたが、その水脈を辿ると、この三理想に行きつくのである。「自ら調べ自ら考える」。まさに、武蔵大学のゼミを表す言葉だ。また、旧制武蔵高等学校では、尋常科(旧制中学校の課程に相当)の教授、高等科の教授を区別しなかった。このため、生徒たちは早い段階から高度な探究心を刺激されたという。根津は、学校の創立と運営の一方で、教育をはじめとする公共事業に多額の私財を寄付している。20を超える学校や団体に建築費等の支援をしたほか、のちに「根津ピアノ」と呼ばれることになるピアノを山梨県内の小学校へ200台も寄贈している。出身地である山梨県の教育文化振興には特に力を注いだようだ。実業、教育、美術と幅広い分野に足跡を残し、時代を駆け抜けた根津嘉一郎は、1940年に惜しまれながら世を去った。旧制武蔵高等学校創立と教育振興。▶ 旧制武蔵高等学校、第1回入学式(1922年4月17日)▶ 当時の図面をもとに復元された青山荘  (写真提供:根津記念館)▶地元山梨の小学校へ贈った  「根津ピアノ」(根津記念館所蔵)▶ いっき

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