日本大学文理学部 学部案内2017
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 このゼミでは、心の哲学(例えば、「なぜ人間には意識などというものがあるのか?」)、科学哲学(例えば、「科学的に世界を知るとはどういうことか?」)、言語哲学(例えば、「言語を理解しているとは、どういうことか?」)、といった様々な問題について、徹底的に考える、ということをやります。具体的には、関心のある問題について自分で考えてきたことを発表してもらったり、テキスト(主に英語の文献を考えています。このゼミでは、英語の読解能力を高めることも目指します)をみんなで読んでディスカッションをしたりします。ものごとを基本から考え、それを口頭発表や文章で表現することの訓練が行なわれます。夏休みには、二泊三日の合宿をします。     *   *   * このゼミは二〇一七年度からは募集されません。丹治ゼミ(哲学)古田ゼミ(哲学) 古田ゼミに参加している学生の関心は、経験主義、分析哲学、認識論、言語哲学、心の哲学にあります。経験主義とは、簡単に言うと、認識論的には、観察可能な出来事を出発点として議論を構成し、観察可能な出来事に照らして構成された議論を検証するという手続きを重視する(超越的なものを極力排除しようとする)立場であり、存在論的には、見て触って(その存在を)確認できる事物の存在だけを認めようとする立場です。古田ゼミには、経験主義の精神に共感できる学生が集まり、分析哲学の方法と論理学の道具立てを駆使して、認識論、言語哲学、心の哲学の諸問題を考察しています。年間の行事としては、夏休みのゼミ合宿(例年、軽井沢か山中湖で実施)、冬休みのゼミ合宿(八王子で実施)などがあります。私が関心をもち研究している対象は「知識」です。一般的に、人は、外部世界から多様な情報を獲得しそれらを整理して(ある種のものに関しては一般化・理論化して)記憶していると考えられます。知識とは、簡単に言えば、記憶されている内容のうちで客観的なもの、言い換えれば「正当化された正しい信念」のことです。現代の哲学では、この「正当化された正しい信念」という知識の特徴づけをめぐって様々な議論が展開されています。哲学におけるこのような研究領域は「認識論」と呼ばれ、私は経験主義の立場から知識について研究しています。古田智久(教授)  認識論・言語哲学関心を持っている分野は、主に、論理の哲学や言語哲学です。私たちは日々、推論を行っていますが、推論では論理的な正しさが問題となります。しかし、そもそも「論理的に正しい」とはどういうことなのかは、決して自明ではありません。「論理的に正しい」を哲学的に分析して、論理と論理外のものとの境界線を画定することが研究の課題です。また、言語哲学では、信念や知識、必然性や可能性などを表す言語表現の分析に興味を抱き、その論理と意味論の構築を目指しています。2017年度からゼミがはじまります。三平正明(准教授) 近現代哲学出身は理科系です。学生時代には、物理学者を志したこともあります。しかし、自分にとっての問題は哲学なのだとわかり、哲学を仕事にしました。これまで、科学という人間の営みはどのようなものなのかを考える「科学哲学」や、言語を理解するとはどういうことなのかを考える「言語哲学」をやってきましたが、最近、一番気になっているのは、なぜ人間には「意識」などというものがあるのか、という「心の哲学」の問題です。丹治信春(教授) 科学哲学・言語哲学・心の哲学●8

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