國學院大學 大学案内2017
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國學院大學を、かたちづくる「人」内野吾郎文学者1914~1985専門は文学史で、特に国学史が中心。近世の国学から柳田國男・折口信夫による「新国学」までの歴史を「文芸学史」として体系化した。桑田忠親歴史学者1902~1987専門は安土桃山時代史、茶道史。NHK大河ドラマの時代考証や、数々の一般向け歴史書の著者としても知られる。宮地直一神道学者1886~1949國學院大學のほか、東京帝国大学(現、東京大学)で神道を講じ、神示氏史(神道史)を国史学の一分野とする「神道史学」を確立した。松岡熊三郎法学者1891~19701886~1958専門は商法。明治大学総長を務めた後、國學院大學法学部の開設に当たり初代法学部長に就任、その基礎確立と拡充に尽力した。武田祐吉文学者國學院大學卒業。東京帝国大学(現、東京大学)において『校本万葉集』の編纂に携わる。大正15年に國學院大學教授に就任し、同年には長慶天皇の在位に関する有力な史料を発見した功労により、御紋章附銀盃を賜わる。昭和25年に『万葉集校訂の研究』で日本学士院賞を受賞。その文献学的方法に基づく堅実な研究は、万葉集および上代文学研究の発展に多大な寄与をなした。佐藤貫一刀剣学者1907~1978日本刀研究の権威。号は寒山。特に新刀の研究で知られ、古刀の研究で知られる本間薫山と並んで、しばしば両山と呼ばれる。久保寺逸彦アイヌ文化・アイヌ語研究者1902~1971金田一京助の指導のもとアイヌ文化やアイヌ語の研究を開始。口承文芸や宗教儀礼の記録収集を行い、多大な業績を残した。前島重方図書館学者1930~1997先進的な米国の図書館学を早くから学び、國學院大學図書館の充実に尽力するとともに、日本の図書館界の要職を務めて、その発展に貢献した。藤野岩友中国文学者1898~1984國學院大學在学中、折口信夫に師事。國學院大學教授を務め、中国古代文学を代表する「楚辞(そじ)」研究の権威。1875~1962柳田國男民俗学者日本民俗学の創始者。農商務省に入り、内閣書記官記録課長、貴族院書記官長を歴任する一方、民間伝承に焦点を当てた『遠野物語』を発表し、最初の民俗学雑誌『郷土研究』を創刊した。官僚を辞した後、朝日新聞社客員論説委員を務め、一時期、国際連盟常設委任統治委員会委員としてジュネーヴに滞在した。昭和26年に文化勲章を受章、同年に國學院大學大学院文学研究科教授となり、神道を講じた。1933~2004種村季弘独文学者・随筆家仏文学者・評論家の澁澤龍彦、劇作家の唐十郎らと並んで60~70年代のアングラ文化を代表する存在であり、幻想文学というジャンルを確立した。ドイツ文学の翻訳のほか、評論家・エッセイストとしても活躍。國學院大學では昭和53年に講師となり、のちに教授に就任。平成19年に芥川賞を受賞した諏訪哲史氏が師事していたことでも知られる。種仏んで幻ほ昭芥られ1906~1994藤井貞文歴史学者専門は日本近世・近代史。國學院大學卒業後、維新史料編纂官となり「大日本維新史料」編纂に従事した。戦時中はジャカルタ医科大学教授を務め、戦後は国立国会図書館に入る。昭和27年に國學院大學教授に就任し、国学をはじめ近世から近代に至る日本思想史を中心に幅広い研究を行ったほか、國學院大學の学校沿革史の編纂にも携わった。藤井専門は料編纂中はジャ書館にをはじめ研究を行携わた1867~1927芳賀矢一文学者国学者の家に生まれる。ドイツに留学し、帰国後、国学にドイツ文献学の方法を取り入れて、近代国文学研究の基礎を築いた。「国文学の父」とうたわれる。東京帝国大学(現、東京大学)教授を務め、明治36年に文学博士の学位を取得、後に東京帝国大学名誉教授となった。大正7年に國學院大學学長に就任し、大正9年の大学令による大学への昇格や、大正12年には飯田町(飯田橋)から現在地となる渋谷への校地移転を果たした。國學院大學校歌の作詞者でもある。昭和2年、勲一等瑞宝章を受章。今日「國學院中興の祖」の一人と仰がれ、胸像が正門を入って左手にある。18芳国学者の家に生まれる。ドイツに留学学にドイツ文献学の方法を取り入れ学研究の基礎を築いた。「国文学のる。東京帝国大学(現、東京大学)教1882~1971金田一京助国語学者アイヌ語研究の先駆者。樺太・北海道で現地調査を行い、アイヌ民族の言語・文学・民俗を体系的に研究して、昭和7年に『アイヌ叙事詩ユーカラの研究』により学士院恩賜賞を受賞した。また晩年には『アイヌ叙事詩ユーカラ集』をまとめている。國學院大學では、明治41年より言語学・国語学を講じ、大正11年に教授に就任した。昭和29年に文化勲章を受章。歌人の石川啄木は旧来の親友で、回想記『石川啄木』を著している。横溝正史の小説に出てくる探偵「金田一耕助」の名前のもとにもなっている。金アイヌ語研究の先駆者。樺太・北を行い、アイヌ民族の言語・文学研究して、昭和7年に『アイヌ叙事究』により学士院恩賜賞を受賞し1887~1953折口信夫民俗学者日本民俗学に独自の境地を開き、その学問は「折口学」と称される。幼年期から詩歌・歌舞伎などに親しみ、國學院大學在学中は三矢重松に師事した。その後、柳田國男の高弟となって民俗学を志し、その学風は国学に民俗学の研究法を合わせて、古代から現代に至る日本人の心の伝承を捉えようとするものであった。大正8年に國學院大學講師となり、のちに教授に就任、昭和3年からは慶應義塾大学教授も兼ねた。釈迢空(しゃくちょうくう)の名で短歌・詩・小説などの創作活動も広く行った。わった。わた日本民俗学に独自の境地を開き、学」と称される。幼年期から詩歌・武國て學な和そ上柳田國日本民俗学長、貴族院書てた『遠野物を創刊した。め、一時期、ネーヴに滞在學院大學大018

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