名古屋大学 大学案内2018
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ノーベル賞受賞者とその功績 世の中には、手袋やかざぐるまの羽根のように、鏡に映した形(鏡像)がもとの形と重ならないものがあります。これらは、各々が単独に存在するときには同じですが、何かと相互作用すると大きな違いが生じます。例えば、右手同士の握手はしっくりするが、右手と左手では妙な握手になります。この右と左の違いは目に見える世界に限らず、「分子」の世界でも重要です。特に生命現象に関わる医薬のような分子では、右手形分子は優れた鎮静剤であるが、左手形分子は毒になるといった具合に、作用が大きく異なることがあります。分子の右と左を作り分ける方法、「不斉合成反応」が絶対に必要な所以です。しかし、つい40~50年程前まで、鏡像的に純粋な分子の供給は酵素反応や微生物を使ったバイオテクノロジーに頼っていました。酵素を越え、多様な分子の右左の作り分けを自在に行える不斉合成法の創出は、化学者の長年の夢でした。野依博士はその夢を現実のものとしたのです。2001GUIDE TO NAGOYA UNIVERSITY 2018 10野依 良治(受賞時63歳)ノーベル化学賞「キラル触媒による不斉水素化反応の研究」 下村博士は、1962年、オワンクラゲから緑色蛍光タンパク質GFP を発見しました。GFP のもつ大きな特徴は、GFPの遺伝子をクラゲ以外の生物に導入すると、作られたGFP がひとりでに蛍光を発するようになることです。生物が生きたままでGFP の蛍光を観察することができるので、体の中でのタンパク質や細胞内の構造、細胞自身の動きを調べるための目印としてGFP を使うことができるようになりました。 現在では、遺伝子工学を用いて、アルツハイマー病により神経細胞がどのように壊れていくのか、発達中の胚のすい臓でどのようにしてインスリンを産生するベータ細胞が作られるのかなどを観察できます。下村博士の発見は、現在の生命科学研究のスタイルを大きく変えたと言ってもよいでしょう。2008下村  脩(受賞時80歳)ノーベル化学賞「緑色蛍光タンパク質GFP の発見と開発」 137億年前の宇宙誕生において粒子と反粒子は対で生まれましたが、現在の私たちの世界は粒子だけでできており、粒子と反粒子の対称性(CP対称性)がどこかで破れている必要があります。1972年、小林博士と益川博士はこのなぞに立ち向かい、クォークの移り変わりの中にCP対称性の破れの起源を発見し、素粒子物理の基礎となる「小林・益川理論」を提唱しました。当時、物質の最小単位であるクォークは3種類だけであると信じられていた中で、小林・益川はクォークが6種類以上あれば移り変わり過程(小林・益川行列)にCP対称性の破れの種が現れることを示しました。この大胆な考え方ができたのは、二人がクォーク模型の元となる「坂田模型」を生み出した名古屋大学の坂田研究室(E研究室)で育ったからにほかありません。残りの3種のクォークは、その後次々と発見され、さらに2001年には名古屋大学も加わっているBファクトリー実験でCP対称性の破れの種も確認されました。こうして、両博士が提唱した「小林・益川理論」の予言は見事に証明され、2008年のノーベル賞となりました。2008益川 敏英(受賞時68歳)小林  誠(受賞時64歳)「クォークが少なくとも3世代(6種類) 存在することを予言する(CP)対称性の 破れの起源の発見」ノーベル物理学賞 赤﨑博士、天野博士は、「20世紀中の実現は困難」と多くの研究者がその発明を諦めた、高輝度青色発光ダイオード(LED)の開発を行ってきました。粘り強い研究活動により、1985年に高品質な窒化ガリウム(GaN)単結晶の作製に成功、1989年には世界で初めて青色LEDを実現しました。この成果をきっかけに、世界中で青色LEDの研究が盛んになり、ディスプレイのバックライトやブルーレイディスクの読み書きなどに使われる青色半導体レーザー、標識、信号といったさまざまな用途で幅広く用いられるようになりました。LEDは白熱灯や蛍光灯よりも高いエネルギー効率を有するため、最近では照明器具にも採用されており、両博士の研究は、省エネや環境保護の面においても、技術発展に大きく貢献したと言えるでしょう。2014赤﨑  勇(受賞時85歳)天野  浩(受賞時54歳)「明るく省エネルギーの白色光源を    可能にした高効率の青色発光           ダイオードの発明」ノーベル物理学賞© Nobel Media AB 2014 Photo: Niklas Elmehed

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