京都市立芸術大学 大学案内2018
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17インタビュアー真鍋実優(音楽学部音楽学専攻4回生*)*取材当時取材日2016年10月18日取材場所本学 大学会館Message受験生そして在学生へ京都芸大は,少人数で落ち着いて勉強できる環境にあり,各分野の第一線でご活躍の先生方から丁寧な指導が受けられる大学だと思います。京都は,古今東西の芸術や文化が交錯し,多種多様な音楽を体験できる街ですから,音楽を学ぶ上で何よりの環境です。音楽の専攻生にとって,専門を究めることはもちろん大事ですが,一方で「音楽の引き出し」をたくさんもっておくことも必要です。私が大学で担当している音楽教育学という分野は,まさにたくさんの「音楽の引き出し」が不可欠です。さらに,引き出しから取り出した音楽の魅力を,いかにうまく子どもたちや一般の方々に伝えることができるかが問われます。京都芸大出身で,音楽教育に携わっている卒業生の方もたくさん知っています。みなさんも京都芸大で,ひとつでも多くの「音楽の引き出し」をつくってください。授業は人気がありました。授業の最後には,河村能楽堂で発表会があり,私も装束を着て太郎冠者役をやりました。それから,ピアノ専攻の院生に混じって,ピアノの神西敦子先生が開講しておられたバッハのインヴェンション全曲の講義・演習も聴講しました。ヴィオラ・ダ・ガンバの演奏家として著名な平尾雅子先生によるバロックダンスの集中講義もよく覚えています。サラバンドやジーグなどの舞曲を踊った経験も貴重でした。その他,祇園祭の音響調査や民族音楽学のワークショップなど,音楽学の中川真先生が声をかけてくださった学外の活動にも積極的に参加していました。こんな感じで大学院の2年間は,さまざまな分野のことを多角的に勉強することができました。これらの経験が,現在島根大学で担当している音楽教育学の授業や研究に大変役立っています。学部生の頃から韓国に興味があり,大学院では韓国の音楽に関する研究をしたかったのですが,滝本先生からは,音楽学の基礎や語学力をしっかり固めてから自分のしたい研究をやるように,と言われ,修士論文も西洋音楽史に関するテーマになりました。とにかく基礎力をつけるよう厳しく指摘され,英語やドイツ語の文献講読の補習もありました。これはかなりきつかったです。京都に2年もいたのに,観光はほとんどできませんでした。祇園祭も調査の一環でした(笑)。でもコンサートにはたくさん行きました。京都はホールが大小いろいろありますし,能楽堂や南座にもよく行きました。京都芸大での2年間でさまざまな経験を重ねるうちに,大学への就職を考えるようになりました。タイミングよく,大学院修了と同時に地元に戻り,鳥取女子短期大学(現・鳥取短期大学)にピアノの非常勤講師として出講しました。同短大には北東アジア文化総合研究所が併設され,出入りさせていただけるようになり,韓国の研究はここで着手しました。6年半経って,母校の島根大学に赴任し,今年で19年目です。研究の歩みをふりかえると,転機は,韓国出身の世界的なヴァイオリニスト鄭京和(チョン・キョンファ)さんとの出会いです。現在,日韓音楽教育関係史を研究していますが,韓国に興味をもったきっかけが鄭京和さんの演奏でした。最初は映像で視聴し心の底から感動しました。それまで韓国には全く興味がありませんでしたが,日韓の歴史や両国の関係を勉強したいと思い研究を始めました。鄭京和さんとは,その後,縁あって親しくさせていただくようになり,1998年には地元・鳥取県での演奏会に招聘し,企画・運営に携わりました。 最近は,研究の一環として,日韓の交流で生まれた音楽作品の復元なども手がけています。昨年の夏,韓国の舞踊家や研究者とのコラボレーションで,戦前の朝鮮舞踊曲《鶴》を復元上演しました。朝鮮の舞踊家・趙澤元と日本の作曲家・高木東六によって作られ,1940年に日比谷公会堂で初演されましたが,戦禍で楽譜が行方不明となり,幻の作品となっていました。2年前に私が楽譜の一部を発見し,韓国の研究者に声をかけ協働で復元しました。鳥取とソウル(国立劇場)の二会場で上演が実現しました。このように,研究で得た資料や知見を,実際の音や響きにして確かめてみる姿勢を心がけています。音楽教育学がカバーする領域は,どんどん拡がり多岐にわたっています。京都芸大で学んだことに無駄がなかったことを,今あらためて実感しています。卒業生インタビュー⑥藤井浩基さん朝鮮舞踊曲《鶴》復元上演でのカーテンコール(2016年,鳥取市)

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