京都市立芸術大学 大学案内2018
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11Message受験生そして在学生へ卒業生インタビュー③木村幸奈さんれば,自分の知らない技能的なことを学べるのではないかなと考え選択しました。カラーデザイナーの仕事は最初から目指していたわけではありませんでした。プロダクト・デザイン専攻生は家電業界や家具メーカーのプロダクト・デザインに進むのが主流でしたから,私もその線で就職活動を進めていましたが「私は本当にその道に進みたいんだろうか?」と自問自答する自分がいました。そんな時にプロダクト・デザイン専攻の髙井節子先生が紹介してくれたのがマツダのカラーデザイナー募集の話で,それがきっかけで今の仕事に就くことになりました。大学時代は多くの友人たちと交流しましたが,そういう人たちと交流を持つ中で,その時々に考えたことが段々と自分というものを形成していったように思います。最初の内は,自分は何者なのかよく分かっていないまま立っているんだけれど,価値観の異なる人たちと意見を交わしていく過程を通して,いつの間にか自分が出来上がっていくという感じでしょうか。車作りにおいて,カラーデザイナーが出来る仕事というのは車全体ではほんの一握りでしかなく,1台の車が出来るまでに本当に多くの人が関わります。しかもカラーは姿形のないものですから,自分のやりたいことを相手が理解してくれないと前に進まない仕事です。それだけに対話を通して自分の想いを伝えることが重要になりますが,そういう点で学生の時に学内の多様な人と話をしてきた経験がカラーデザインの仕事では役立ったと思います。カラーデザイナーになってみて,特にマツダの車づくりがアーティスティックなものを要求する部分もあるせいか,必然的に日本の美意識といったことをとても考えるようになりました。学生時代に京都の街でそれとなく暮らしていた中で見て知ったものがここに繋がっていたのかと再認識することもあるし,今まで全然意識していなかったのに,社会人になってから,あそこの石庭をもう一度見に行ってみようとか思い立ったり,建造物や庭の構造に込められたコンセプトを再発見することもあります。そうなってみて今更ながら京都は最高の土地だったことに気付くんです。学生の時は意味までは分からなくていいですから,まずは知っているとか見たことあるという経験を多く積み重ねておくことが重要で,それが引き出しに入っていれば仕事で生きてくることもあります。まだそれ程長く勤めていませんが,カラーデザインに入って2年目でCX-3という車を一人で任せてもらえたことが自分を成長させてくれました。もちろん全部一人ではなくて,リーダーや上司がいてマネージメントされていましたが,アイデアの部分や調整は基本的に自分でやりました。車の開発というのは企画されてから世の中に出るまで早くても3年かかる時間のかかる仕事ですから,やはり1台担当してみないことにはその複雑さを理解できないことが多いですし,デザインの作業というのは実はほんの少しで,安全性を含めていかに量産に繋げていくかということに多くの労力を費やすことを知りました。会社での仕事は,1年程前にカラーデザインからブランドスタイル総括部という部署に異動しました。自分たちは何を大切にして今後ブランドのデザインを行っていくのかということを考えるのが仕事です。これまでに車作りを通して会社がどういう想いで何を大切にしてデザインしているのかということを多少なりとも理解してきたと思うので,色や素材に関して車で培った経験を活かしつつ,それらを次のデザインに生かしていくための交通整理をしている感じです。カラーデザインで世の中に製品を送り出せたので,次は現在関わっているブランディングの仕事でも世の中に何かを届けることができればと考えています。受験生の皆さんはデッサンに真剣に取り組んでください。上手ければ上手いほど受験に役立ちますし,入学後もそれが役に立たなくなることは絶対にありません。京都芸大には色んな人がいますし,自分を変えることができる可能性を持った大学です。入って損はないですし,他校には無い味わいがある大学ですよ。在学生の皆さんの中には,今自分が何者なのか分からなくなっている人もいるかと思いますが,絶対にその人なりの個性はあります。周りと違うからといって悩まず,自分の好きなことややりたいことを見つけたり,目の前のことに一生懸命取り組んでいれば何者かにはなれますよ。学生時代はあくまで通過点ですから悩むことはありません。インタビュアー土屋さおり(美術学部 デザイン科1回生*取材当時)取材日2016年11月4日取材場所下京区役所木工作業の合間にて友人と(2010)

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