上智大学 大学案内2017
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聖フランシスコ・ザビエルは、現在はスペインに属するバスク地方の貴族の息子として生まれ、パリ大学へ。やがて学寮で同室になった同郷の聖イグナチオ・デ・ロヨラを中心にした7人がイエズス会を結成します。当初インドに派遣されたザビエルが日本にたどり着いたのは1549年。バスクを出発してから24年後のことでした。ザビエルは日本で布教を進めるうち、この国に西洋の高等教育機関を設立する構想を抱きますが、それが実現したのは20世紀のこと。1908年、イエズス会はその準備のため独仏英3カ国の神父を日本に送り、5年の歳月の後、1913年4月、上智大学は紀尾井町に誕生しました。ザビエルが日本人を知り、中国のジャンク船で鹿児島に上陸してから364年後のことでした。人間と人間。言葉と言葉。国と国。学問と学問。それぞれの間に引かれている、さまざまな見えない境界線を越えること。上智大学は、世界に開かれた大学として構想され、100年にわたり成長を続けてきました。上智大学市谷キャンパスに立つ聖フランシスコ・ザビエル像(今野 照夫 作)バスクからパリ・ローマ・アジアへ、そして日本へ。16世紀に聖フランシスコ・ザビエルが見た夢は、20世紀に初めて実現しました。上智大学の沿革1913年(大正2年)1928年(昭和3年)1932年(昭和7年)1948年(昭和23年)1949年(昭和24年)1957年(昭和32年)1958年(昭和33年)1959年(昭和34年)1962年(昭和37年)1964年(昭和39年)1965年(昭和40年)1966年(昭和41年)1968年(昭和43年)1975年(昭和50年)1977年(昭和52年)1980年(昭和55年)1987年(昭和62年)1997年(平成9年)2004年(平成16年)2005年(平成17年)2006年(平成18年)2008年(平成20年)2011年(平成23年)2012年(平成24年)2013年(平成25年)2014年(平成26年)専門学校令により上智大学を開校。哲学科、独逸文学科、商科を開設。初代学長にヘルマン・ホフマン師、就任。大学令により上智大学を新発足。専門部(経済科、法科、商科、新聞学科)開設。新校舎(現1号館)を竣工。新制大学として認可を受ける。文学部(哲学科、史学科、英文学科、独逸文学科、新聞学科)、経済学部(経済学科、商学科)を開設。国際部開設。法学部(法律学科)開設。女子学生の入学始まる。神学部(神学科)開設。外国語学部(英語学科、ドイツ語学科、フランス語学科、イスパニア語学科、ロシア語学科)開設。文学部に国文学科を増設。理工学部(機械工学科、電気・電子工学科、物理学科、化学科)開設。外国語学部にポルトガル語学科を増設。理工学部に数学科を増設。文学部に社会学科、フランス文学科を増設。経済学部商学科を経済学部経営学科に名称変更。外国語学部に日本語・日本文化学科を増設。外国語学部日本語・日本文化学科を外国語学部比較文化学科に名称変更。法学部に国際関係法学科を増設。比較文化学部(比較文化学科、日本語・日本文化学科)開設。法学部に地球環境法学科を増設。大学院法学研究科に法曹養成専攻(法科大学院)を増設。文学部(教育学科、心理学科、社会学科、社会福祉学科)を総合人間科学部(教育学科、心理学科、社会学科、社会福祉学科)に改組。比較文化学部を国際教養学部(国際教養学科)に改組。理工学部5学科を物質生命理工学科、機能創造理工学科、情報理工学科の3学科に改組。総合人間科学部に看護学科を増設。上智短期大学を上智大学短期大学部に名称変更。理工学部に理工系英語コースを設置。創立100周年記念行事を挙行。総合グローバル学部を開設。8

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