上智大学 大学案内2017
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孤独な思考の先に、見つけたもの。川窪 幼少期に親族を立て続けに亡くして、生と死ということについて考え、悩むようになりました。生まれてきても最後は死に向かうしかない人間とは何か。それでいくつかの宗教について自分なりに学んでみて、キリスト教が自分に合うと思うようになり、未信者ですが神学部を選びました。光延 入学してみてどうですか?川窪 はじめて同じような事柄について話せる人たちに会うことができました。生きる、ということについて。根源的な自由とは何か、ということについて。そして愛、について。恵まれない世界の人々のために何かしたい、という学生が多いですね。ただ、私は外国に行かなければ、とはあまり思わないです。自分に身近なところから変えていきたいので。そのために、海外に行って見聞を広げることも必要かもしれないですが。光延 神学を学ぶということがそもそも「国際的な基盤」をもつことですね。カトリック神学部のカリキュラムは基本的に世界共通です。国や言葉は違っても、同じ内容の教育を受ける。たとえば私がドイツに留学しているときに一緒に暮らした人は、今、韓国の上智の姉妹校・西江大学の神学部長です。日本と韓国の間には政治的な溝や壁があることは事実ですが、私たちは仲間です。同様に、スペイン、コンゴ、グアテマラ、スロバキア、スロベニアなどの国まで、世界各地に仲間がいます。グローバル化と言いますが、神学を学ぶことは、表面的なつきあいを超えて語り合える仲間を世界につくることになります。川窪 韓国といえば、死刑制度について考える先生の授業で教えてもらった韓国の映画は衝撃的でした。『私たちの幸せな時間』という映画でしたが、死刑制度の是非について関心が深まり、人間を「罪人」にする恐怖を知りました。光延 キリスト教にとっては罪の問題は、赦しの問題と表裏一体です。神の赦しとは何だろうか。救いとは何だろうか。死刑は、その赦しと回心を人間の手によって、断ち切ってしまうことではないか。そこをどう考えるかにアプローチしていきます。死刑制度は地球で3分の2くらいの国では廃止されていますね。これからも私たちが考え続けなければならない問題のひとつです。川窪 そうですね。急いで答えを出すことよりも、考え続けることが大切なのだと思うようになりました。神学を学ぶことで、人の根本的な苦しみをケアしていきたい、という目的が明確になってきたので、大学院に進学して実践宗教学を専攻したいと今は思っています。神学部長 神学科教授光延 一郎イエズス会司祭。研究テーマは、創造・罪と原罪・恩恵・終末・マリアおよびキリスト教的人間観と現代社会の諸問題。神学と社会使徒職分野におけるイエズス会のネットワーク活動など、海外でも活動を広げている。神学科 4年川窪 彩乃カトリックの中高出身。人間の内面に根付く苦悩や命への限りない問いに救いをもたらすキリスト教を学び、それを現実世界に展開する実践的な人間になりたい。現在は倫理系を選択し日常の中における神学を探求している。神学部43

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